第1章 シンデレラの靴

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 でも、彼を見間違えるはずなどない。 「真実子、また茫然としちゃって。どうしたのよ?」 「香織、あの人よ。ほら、あそこのカウンターのそばに立って、蝶ネクタイの外人と喋っている人」  真実子は人差し指でそっと彼のいる方角を指し示して見せた。カウンターを背にして座っていた香織は上半身をねじってバーの方を見た。  その時、黒い細身のスーツを着こなし髪をアップにした、いかにもキャリアな美人が店に入って来て、男と外人に軽く片手を挙げて挨拶をすると、二人の会話に加わった。  知り合いらしい。何が可笑しいのか彼らはジェスチャーを交えて笑い合い、女はさも親しげに男の背広の腕をつかんだりしている。  香織はこちらに向き直ると、判断を下した。 「確かに悪くない感じ。なかなかいい男だわ。でも真実子のタイプじゃないんじゃない?」 「それって、どういうことよ。私みたいな女は冴えない男と付き合え、っていう意味?」  真実子がふくれると、香織が訂正した。 「違うよ。ただ私の経験からいうと、ああいうタイプの男は、女が簡単に自分になびくことを知っているから、すぐチョッカイを出したりするのよ。 遊びで付き合うならともかく、真面目な真実子にはどうかな、と思っただけ」  正体不明の美人が登場したことで気分が沈んでいたところに、香織の言葉が追い討ちをかけた。  真実子が溜息まじりに再びカウンターの方を見やった時、申し合わせたかのように彼がふと振り向いた。そしてこともあろうに、また軽く片目をつむってみせたのだ。  心臓が再びどきりと鳴り響いたように思え、真実子はあわてて眼を伏せた。  あれは、憶えていてくれた、という合図だろうか。それとも香織が言うように、見知らぬ女にチョッカイを出しただけだろうか。 「真実子、探していた彼氏をせっかく発見したんだから、挨拶ぐらいしておいたら?」 「そんなこと、できないわよ。それに、横にキャリアっぽい綺麗な女の人がいるじゃない」 「だからどうだっていうわけ?」 「だって・・」  彼が他の女性と一緒にいるところに遭遇するとは、想像していなかった。いったいどう挨拶をしたものか、まったく考えつかない。
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