第2章 プリンスの正体

4/14
前へ
/112ページ
次へ
だってそんな問いかけをしたら、彼が好きだから、という答えを胸の内で出すに決まっているじゃない。 人間の精神構造って、辻褄を合わせるためにそういうふうにできているものなんだ。好きでもない人のことが気になるわけがない、ってね」 「ということは、私は恋を創作しているっていうわけ?」 「恋はいつだって自分の創作よ。ま、真実子の場合は、捏造、に近いかな?」  玲子の言葉に笑い、真実子は思わずお茶を吹き出しそうになった。 「真実子はいつも相手とじっくり知り合う前にあれこれ想像を逞しくするから、現実に無用に失望したりするんだ。素敵な人だったら、なおさらクールに観察すべきよ。結局その方がうまく行くんだから」  玲子が諭してくれたのは、頭を冷やせ、ということに違いない。  確かに、まだ二度しか見かけていない男に憧れ、あれこれ想像の翼を伸ばしてしまうのは、この歳になって進歩がなさ過ぎる。  現実は少女マンガやロマンス小説の世界ではない。しかし、そう頭でわかっていても、ドラマチックな恋愛を夢見てしまうのが、真実子の病気らしい。  これ以上彼のことを悶々と考えるのはやめよう、と決意する。単に見かけたというだけで、まだ出逢ってもいない男なのだから。  身体がふわりとベッドに投げ出されたような気がした。  男がゆっくりと脱ぐワイシャツが、闇夜の中に蒼白く浮き上って見える。ワイシャツがふわりと宙を舞って消え去り、広い裸の胸が目前に迫ってきた。  顔を見せて、と真実子は小声で嘆願し、自分の声が甘く部屋に響き渡った。男の顔は見えない。  ここはどこなの? 問いかけると、秘密さ、と男が答えた。どこかで聴いたことのある低い声なのだが、誰なのか思い出せない。  男は真実子を見下ろしながらしっかりと抱き締めており、どうやら自分は裸で、身体が吸い寄せられたようにピタリと彼の裸体に重なっている。  男の滑らかな素肌や逞しい筋肉の感触。彼の温もりと重み。  不意に恍惚とした気分に襲われた。  しかし、時間が凍結したかに、或いは金縛りにあったかのように、まったく身動きできない。どうしてなのかと頭の片隅でいぶかっているが、動けない。  そして、まだ何も起きていないというのに、何かが起きることを予感して、身体の芯が勝手に疼き、濡れてきた。  男が誘うように唇を寄せた。
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

551人が本棚に入れています
本棚に追加