第2章 プリンスの正体

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 動揺がおさまると、真実子の胸がときめいた。  探していた彼と、たまたま同じエレベーターに乗り合わせたのは幸運中の幸運。  しかし、せっかく再会するのだったら、どうしてもっと洒落た出逢い方ができなかったものだろうか、と今になって悔やまれる。  これが恋愛映画だったら、エレベーターの中で後ずさりするうちに男にぶつかって振り返り、あら、あの時の、とか会話のきっかけをつかむことになるはずだった。  或いは、物を落とすなら本とか財布とか、何かもう少し体裁の良い物であるべき。そして拾ってくれた彼に、ありがとう、と言いながら見つめ合う、とか。  それとも、そんな出来過ぎた展開を期待する方が間違っているのだろうか。  いくらあの彼を意識したところで、まだ出逢いらしい出逢いもしていない。こちらは彼にとって、混雑した通勤駅やエレベーターで行きずり合う大勢の人間の一人、名前など知ろうとも思わない不特定な対象に過ぎない。  口許に嘲笑とも受け取れる笑みを浮かべていた男の顔を思い出し、真実子は思わず肩を落とした。  お昼は、また皇居前の公園で食べることにした。  香織は真実子の話にしばらく笑っていた。 「ねえ真実子、その彼氏がそんなに気になるんだったら、私、調べてあげる。作戦を思いついたんだ」  香織の提案に、真実子は半信半疑で尋ねた。 「どうやって? まさか、下のバーで私立探偵みたいに張り込みをするなんて、言わないでしょうねえ」 「うちのエレベーターに乗っていたということは、このビルに勤めているに違いないから、それも悪くないかもよ」  女二人、黒いサングラスで顔を隠し、バーでグラスを傾けながら入口を見張る姿を思い描いてみる。滑稽なサマで、これではロマンスというよりコメディーだ。 「香織、やめてよ。ますます格好が悪い」 「実はもっと手っ取り早い方法があるんだ。ほら、金曜日に彼と一緒にいた彼女、どこかで見たことがある、って気になってさ。 で、アスレチック・クラブで見かけた人だって思い出したのよ。ピンク色のやけに派手なウェアを着ていたから、印象に残っていたわけ」 「だから・・?」 「鈍いわね。ひょっとして、彼と二人で一緒に入会しているかもしれないじゃない」  香織が吐いた、二人で一緒に、という言葉が骨みたいに喉に突き刺さる。  
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