第2章 プリンスの正体

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 汗の匂いが鼻をつくと同時にムラムラとした気分がわいてきて、あわてて眼をそらした。  いったいどうしたのだろう。このところずっとセックスとご無沙汰しているので、それで欲求不満になっているのだろうか。  しかし、交際相手の男がいない生活は一年以上続いているわけで、今に始まったことではない。男の隆々とした筋肉だけでそそられてしまうというのは自分らしくなく、どう考えても解せない。  どこか身体の調子でも狂っているに違いなかった。自分を鞭打ちたくなり、真美子はトレッドミルの速度をアップした。  走る。奇妙な妄想を振り切るために、ひたすら走る。  走り続けて脚や身体がけだるくなるに従い、或る種の快感に襲われた。疲労が脳に引き起こすらしいその幻惑は、どこかエロチックで、甘美でさえある。  今朝の夢が再び脳裏に浮かび、走るほどに疲労感が艶かしく感じられた。  走る快感が癖になってやめられなくなった、とエクササイズ中毒になりかけた友人の話を思い起こし、真実子はあわててトレッドミルを止めたのだった。  まったく、どうかしている。  筋力トレーニングに熱中している香織を横目に、真実子は鏡が張られた壁の前でストレッチをして息を整えることにした。  マットレスを敷いた床に座り、思うように開かない脚を左右に無理やり開き、背筋を伸ばして上半身をゆっくりと前に倒そうとした時、鏡に黒いウェアを着たスタイルの良い女性が映った。  まさしくカフェで彼に話しかけていたあの女の人だ。  彼女は綺麗に化粧した顔で、まるでモデルのように滑らかに歩いている。同性が見ても羨ましいぐらい、胸や尻が格好良く突き出ていた。悔しいけれど、スタイルのいい女性だと認めざるを得ない。  香織が彼女に近づき話しかける姿が鏡に映り、二人はトレッドミルに向かったらしく視界から消えた。  脚を開いて床の上に突っ伏しながら、真実子は妙な敗北感を味わっていた。  別にあの女性が彼の恋人だと決まったわけではないけれど、どう転んでもあの肉体には勝ち目がないし、その上彼女は目鼻立ちが整った美人ときている。  ストレッチをしながら、自分の肉体の各部を点検してみた。胸は最新型のブラジャーのお世話になって両側からよほど寄せないと谷間ができないし、好意的に見たところで、どこといってセクシーに見えないボディーだ。
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