第2章 プリンスの正体

10/14
前へ
/112ページ
次へ
 思わず溜息がこぼれ、それを深呼吸にごまかした。どうして世の中はこう不公平にできているのだろう。  にんまりと笑みを浮かべて戻って来た香織にサウナに誘われ、真実子は大人しく後に従った。  裸体にタオルを巻いて女二人サウナに並んで座りながら、香織が何を聞き出してくれたのかを知りたくて、真実子の心がはやる。 「それで、どうだった?」 「ま、あわてないで。彼女はABC証券に勤めているんですって。アメリカン・バンキング・コーポレーション。二十三階から二十五階に入っている外資系の銀行よね。 やっぱりあそこ、お給料が相当いいんじゃない? 彼女、この前プラダの最新型のバッグを持っていたし、今日着ていたウェアだってレア物よね」 「香織、で、彼のことは探ってみてくれたの?」 「もちろん。前に下のカフェバーで一緒にいた背の高い日本人は同僚の方、って訊いたら、彼女は、誰のことかしら、っていう感じの顔をしていた。それから、ああ彼のことね、と言って教えてくれたわ」  香織がもったいぶって一呼吸おいたので、真実子は我慢できなくなり先を急かす。 「それで?」 「例の彼はサカキさんっていう人で、つい最近ニューヨークの本店から赴任して来たんだって」  サカキ。ニューヨーク帰り。  やっと名前がわかったというのに、ますます手の届かない人間に思えてきた。 「どうしよう、私、英語なんて大不得意」  真実子は額の汗を手の甲でぬぐいながら嘆いた。  英会話の教室に通ったこともあるのだが、頭の中で翻訳するくせが抜けなくて、一息遅れてしまう。教師は、英語を英語で理解して下さい、というようなことを言ったと記憶しているけれど、どうしたらそうできるのか、結局コツをつかめなかった。  香織に諭すような眼差しを向けられた。 「ちょっと、まだ知り合ってもいないくせに、そんなこと今から心配したってしょうがないじゃない。まさか日本人同士でデートするのに英語で話すわけ、ないでしょう?」 「でもアメリカ帰りだったら、外人のパーティーとかに行くかもしれないじゃない」 「真実子、デートもしていないくせに、そんなの無用の心配ってやつよ」 「でも、やっぱり外資の人と付き合うんだったら、英語ができないと駄目なんじゃないかなあ」
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

551人が本棚に入れています
本棚に追加