第2章 プリンスの正体

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 せっかく運動をして汗を流し体重を落としたので、真実子は香織とクラブの向かいにあるカフェで簡単なサラダだけの夕食を取って帰途についた。  電車内の明るい照明の下で点検すると、ジャケットを脱いだ二の腕が、サウナで新陳代謝を高めたためかツヤツヤしている。  腕を軽く撫でながら、風呂あがりのようにすべすべとした木目細かい肌に我ながら感心し、この肌を触ってもらえる男がそばにいないのを残念にさえ思った。  恋人もいない女が女磨きをしたところで、それでどうなる・・。  虚しさに捉われざるを得ない。  手すりにもたれ電車の震動に身をまかせていると、久し振りに運動らしい運動をした疲れで瞼が重くなり、眠気に襲われた。  居眠りしながら夢の中で、サカキに連れられて外人の集まるパーティーに出かけた自分の姿が思い浮かんだ。  雑誌のグラビアで見かけるような薄暗く洒落たバー。真実子はノースリーブのドレス姿で、サカキが眩しそうな眼差しで真実子の滑らかな二の腕に触れた。  無言の賞賛が嬉しくて、彼の背広の腕に素肌の腕を絡めて寄り添う。なかなか似合いのカップルに見えるのでは、とちょっぴり自信に浸っている。  するとバーの奥から外人のカップルが近づいて来て、サカキと親しそうに英語で挨拶を交わしはじめたではないか。  彼に紹介され、笑顔でハウ・ドゥ・ユ・ドゥーと手を差し出したまではよかったが、その後が続かずに真実子は蒼ざめた。  外人の男性と連れの女性は、手振りを交えてやたらと話しかけてくれるのだけれど、何を言われているのかまったくチンプンカンプン。  助けを求めるようにサカキを見ると、彼はあの、笑いをこらえ切れないという表情を浮かべていた。  何か気のきいたことを英語で喋らなければ、とわかっていても、初歩的な会話さえ思い出せずに途方に暮れている。  前に英会話教室で習ったフレーズを、懸命に記憶の底に探ってみたものの、焦れば焦るほど何の単語も思い浮かばず、握り締めた拳に冷や汗がにじんだ。  そんな自分の哀れな姿を眺めているもう一人の自分がいるらしく、もうこれでお終まいだ、と嘆いていた。The END 。  英語のできない、役立たずの彼女なんて、外資系に勤める彼に嫌われてしまう。何という悲劇!  はっとして眼を開けると、すでに電車は吉祥寺駅に到着していた。  
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