第2章 プリンスの正体

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 もしかしたらこのまま誰に愛されることもなく、孤独な一生を送るのかもしれない。  そう考えると、不安で鳥肌が立ちそうだ。今のうちに何か手を打たなければ、と焦っても、どうしたら良いのかわからない。  茫然と突っ立っていたら、イヤホンから聴こえてくる英語が何を言っているのかが、ふとわかってきた。  ネイティブ・スピーカーが喋っているのを流し聴いているのだが、単語の意味を一つ一つ思い起こすというより、文章として、繋がり全体として意味が把握できるようになった。  これが、英語を英語として理解する、ということだろうか。真実子はしばし真剣に英語に耳を傾けた。  このまま恋人がいない人生を送るぐらいだったら、英語の勉強に精を出し、留学でも目指そうか、とふと思う。何を勉強したいとか、どんな仕事をするためにとか、具体的な目的があるわけではない。  ただ、英語ができたら何か良いことが起きるのでは、という漠然とした期待にすがりつきたくなる。  英語が喋れたら、あのカフェバーで見かけた美人みたいに、彼の腕に手を置いたりする仕草が自然にできるようになるのでは。自信がわいてくるのではないだろうか、と。  外国に行ったら素晴らしいことが待っているかもしれない、と根拠のない夢を追いたくなる。ひょっとして映画に登場するような素敵な外人男に見初められ、恋に落ちることになるかも。  いや、この程度の語学力では、ボーイフレンドとデートするのさえおぼつかず、外人の彼氏を妄想したくとも、頭で洒落た会話を組み立てることさえできない。  そう思い知らされると、再び溜息が出た。  自然文化園の裏口近くにあるコンビニには、焼き芋の看板が出ていた。「十月から販売中」と書いてある。  サカキを初めて見かけたのは確か九月初めだったから、あっという間にもう一カ月が経ってしまったのだ。それなのにまだ一言も、一度も言葉を交わせていない。  白いハイヒールに託された出逢いは、香港の老婆が予言した「夢見ている人」との運命的な出逢いではなかったらしい。  コンビニの茶髪の店員がちょうど外に出て来て、ハンサムな顔に皮肉な笑みを浮かべ、真実子は思わず下を向き、コンビニの前を走って通り過ぎた。  赤の他人にまで、恋の妄想を嘲笑われている気がする。焼き芋を買いに立ち寄る勇気など、出るはずがなかった。 (第3章に続く)
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