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ちょっと、私の前でそれだけはやめて、と言ってやりたいのだが、英語の構文が組み立てられずに真実子は悶々としている。
早く何か言ってやらなくちゃ、と焦るほどに単語が思い浮かばず、口の中が乾いてきた。二人は外国映画の一場面みたいな熱いキスをやめてくれない。
苦痛で冷や汗をかいて真実子は目覚めたのだった。
闇に眼が馴れてくると、アパートの天井がぼんやりと見えてきた。ベッドで夢を見ていたらしい。
それにしてもリアルな夢だ。ダブルデートであれば、彼があの美女を連れて来る可能性は大いにある。
及川との食事の約束はキャンセルしてしまおうか。でも、前回はさようならも言わずに逃げ帰り、今回はドタキャンでは、人格を疑われる怖れがある。
まだあの彼女が登場すると決まったわけではない。
それに、及川と仲が良いところを見せつけたら、ひょっとして榊はこちらに関心を持ってくれるのでは? 香織がよく指摘する、男は他のオスが狙っている女に興味を抱く、という定説だ。
しかし冷静に判断して、あのスタイルの良い美人に、英語ができる彼女に勝てるはずがない。
もしも榊があの彼女を連れて食事に現われたら、いったいどういう顔をすればいいだろう。いちゃつくところを見せつけられたりしたら、耐えられるだろうか。
夢で見た二人のキスが執拗に思い浮かび、真実子は必死でその場面を脳裏からかき消した。
すると今度は、BMWを運転していた赤毛の女性の顔が思い起こされた。いかにも親しそうな笑みを湛えて彼女と話していた榊。わざわざ深夜に彼を車で迎えに来ていた綺麗な外人女性は、ガールフレンド?
考えるほどに頭が痛くなり、真実子は悪夢を追いやるように羽根布団を頭までかぶって寝込んだ。
(第4章に続く)
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