第4章 ディナーの後で

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 及川とは大手町と日比谷の中ほどにある日比谷通り沿いのレストランで待ち合わせた。  会社の化粧室で身づくろいに手間取っているうちに約束の時間が近づき、真実子は時間を気にしながら丸の内の広い路を急いだ。  今日はノースリーブのワンピースに白いジャケットを重ねてみた。朝、鏡の前で一枚しか持っていないエルメスのスカーフを首に巻いてみたが、どうもしっくりしない。  先ほど会社の化粧室であれこれ結び方を変えて試してみたけれど、色艶やかな柄がドンと前に出てきて小さな顔が貧弱に見えるばかりで、結局スカーフはやめにした。  どう頑張ってみたところで、垢抜けて派手なモノは似合わない。ファッションにしてもそうだし、男にしてもきっとそうだ。  ストライプのスーツを颯爽と着こなすニューヨーク帰りの榊は、他人に言われなくたって、自分でも不釣合いに感じる。  彼の同僚だという黒いスーツの美人や正体不明の赤毛の外人女性の面影が再び脳裡を掠め、真実子は溜息を洩らした。  及川が誘ってくれたイタリアン・レストランは皇居の外堀を望むビルの二階にあった。  洒落た透かし模様入りのガラス扉を押して入ると、淡い照明が点る、邸宅の居間のような落ち着いた空間が広がっていた。白いクロスを掛けたテーブル席がゆったりと配置され、テーブルの中央にはピンクのバラの花が一輪。  一瞬、及川と約束していることを忘れ、真実子は榊の面影を思い浮かべていた。  ロマンチックなレストランに足を踏み入れたプリンセスを迎える素敵なプリンス。  彼は座っていた椅子から優雅な物腰で立ち上がり、近づいて来て恭しく手を取ってくれる。真実子は彼に手をあずけ、悠然と微笑を浮かべる・・。 「真実子さん、お待ちしていました」  声に驚いて我に返ると、奥の席から立ち上がった及川が真っ直ぐに歩いて来た。及川の肩越しに視線を泳がしたが、カップルや背広姿の男達が他のテーブルに座っているのみ。及川には連れはいないようである。  榊に逢えるのではと期待して誘いに乗ったのに、いったい彼はどうしたのだろう。 「ごめんなさい、遅くなってしまって」  及川の先導で奥のテーブル席に腰を掛け、バッグを椅子の背に置きながら、真実子は視線を合わせずにさり気なく訊いてみた。
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