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「あのう、及川さん、先日お友達もお呼びになるようなことをおっしゃっていましたけれど、どうなさったんですか」
「ああ。いや、真実子さんがお知り合いだとのことですから榊のヤツに声をかけてみたんですけれどね、金曜日の夜に暇な男がいるか、って見事断られましたよ」
榊が断ったと聞いて落胆している真実子に、及川が続けた。
「ま、アイツは向こうで結婚して奥さんがアメリカ人だから、一緒に来ているとしたらそうそう夜遊びができないだろうし、東京への単身赴任だったら、きっと久々の自由を享受しているところじゃないかな」
脳天を鈍器で殴られたかのように、ショックだった。
榊に奥さんがいるとは。
まさか、と否定したいところだけれど、その可能性は大いにあると認めざるを得ない。彼のような魅力的な男に妻がいない方が不思議だ、と。
鈍い痛みに襲われて胸が締めつけられる。しかし及川の前で醜態を見せるわけにはいかず、真実子は狼狽を隠して話をつくろった。
「別に知り合いというほどでは。働いているビルが同じなので、時々お見かけするだけです」
通勤電車も一緒なので、と言いかけて胸が詰り、真実子は言葉を呑み込んだ。
結婚指輪をしていないからといって男が独身とは限らない。
そんなことは、昔付き合った葛西との苦い経験から、身に沁みてわかっていたはずなのに、また同じ間違いを繰り返したらしい。
葛西とは異業種交流会なるところで出逢った。大阪勤務だが東京に頻繁に出張で来ているとのことで、波長が合ったので二次会に一緒に繰り出した。
その次に彼が東京を訪れた際には、終電がなくなる頃まで話が弾み、彼が泊まっているホテルに誘われたのでついて行った。
あの時は、これが運命の出逢いだと信じたものだ。葛西は指輪をしていなかったのでてっきり独身男だと勘違いしてしまい、彼も、独りで大阪に帰るのは淋しい、とうそぶいていた。
ふとしたことから妻子ある男だとわかった時に、運命の男に対する真実子の確信が崩れたのだ。
略奪婚に成功した女友達もいたが、どうしたって不倫とそれに伴うどろどろとした葛藤は自分にそぐわないと思えた。他人の夫を奪い取る自信がなかったし、永遠に彼を待ち続ける生活には、耐えられそうもなかった。
メニューを吟味していた及川が顔を上げ、尋ねられた。
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