第1章 シンデレラの靴

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 これまで何人かの男性と付き合い、歳を重ねるにつれ、多少は賢くなったつもりだけれど、一つ昔から変わらないことがあるとすれば、恋に対する夢想癖だ。  妄想癖とも言えるぐらいで、ちょっと素敵な人に出逢うと、頭の中で自分を主人公に仕立て、美しい恋物語を描いてしまう。  小学生の時クラスに活発な可愛い男の子がいて、何かの拍子で二言三言話しかけられたりすると、恥ずかしさのあまり、耳まで赤くして黙り込んでしまったものだ。  確か池上勉君という名前で、勉君はドッジボールがうまく、家の方角が一緒だった。一人で歩いて家路につきながら、せっかく友達になれるチャンスだったのにと後悔し、彼との対話をあれこれ頭の中で創作したものだ。  しかし、最近は架空のデートについて楽しい想像をする機会は皆無で、「夢見ている人」などいない、盛り上がりに欠ける毎日だ。  電車の中でついうたた寝をしていたらしい。  大勢の人々が忙しく移動する気配に、終点の東京駅に着いたことに気づき、真実子はあわててプラットホームに降りようとした。  その時、突然誰かに乱暴に押され、あっという間に上半身がホームにつんのめった。靴が、と思った瞬間には、辛うじて右足でホームに着地したものの、左足のヒールは脱げてなくなっていた。  背後から乗客が押し出されるように次々と降りて来る。  眼をこらしても、ホームを忙しく行き交う大勢の乗客達の足元に白いハイヒールは見当たらない。  人の流れにあらがいながら電車を覗き込んで、新品のヒールが床の中ほどに、今にも人々の足に踏まれそうにして転がっているのを見つけた。 「私の靴が電車に・・!」  フラミンゴのように片足で立ったまま、真実子は思わず悲痛な声で叫んでいた。    すると、近くにいた背広姿の男の人が、とっさに溢れる乗客の間を縫いながら電車に戻り、次の瞬間には、白いハイヒールの片足が、眼の前に魔法のように差し出された。  真美子が靴を受け取って、差し出した手の持ち主を見極めようと顔を上げた時には、彼は通勤客の流れとともに、ホームの階段に向かうべく身をひるがえしていた。 「あの・・!」  立ち去る後ろ姿に礼を言おうと真実子が声を振り絞ると、男は一瞬こちらを振り向いて、にやりとしながら軽く目配せをした。    
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