第1章 シンデレラの靴

6/13
前へ
/112ページ
次へ
 どうして一瞬見かけただけの彼のことが気になるのだろう、と自分に問いかけた時に、真実子の恋はすでに始まっていたに違いない。 「真実子!」  突然肩を叩かれて驚いて振り向くと、いつやって来たのか同僚の香織がデスクのそばに立っていた。  香織は広報部に勤務しており、同期会で顔を合わせて以来、職場での一番の友人となった。  女子大出身で男関係も華やかな香織と、男性に関しては奥手な真実子とは、性格や趣味がずいぶん違うが、なぜか意気投合した。  真実子は香織のさばけた裏のない性格が気に入っていたし、あねご肌で面倒見のいい香織は、真実子の優柔不断に近い慎重さを放っておけない、とでも思っているらしい。 「どうしたの、真実子、一人でにんまりしたりして? もしかして、この週末に何かいいことでもあった?」 「なんだ、香織か」 「なんだ、はないじゃない。月曜は一緒にお昼食べようって約束したの、忘れちゃったわけじゃないでしょうね。今日はお天気がいいから、下でサンドイッチでも買って、皇居前の公園に行こうか?」 「いいわよ。やだ、もうこんな時間。早く行かないと座るところがなくなっちゃう」  真実子は腕時計を見て顔をしかめ、バッグから財布を出して香織とエレベーターホールに向かった。  オフィスにまだ残っていた内藤次長や若い竹島は、香織がそばを通りながらマメに声をかけると、いかにも嬉しそうに応答している。  香織は取り立てて美人ということではないけれど、なぜかやたらと男達にモテる。  化粧品会社の宣伝広告に出てくるように、いつも綺麗にくっきりと唇の輪郭を描き口紅をひいている。アンジェリーナ・ジョリーばりの肉感的な唇だ。  しかし男達を惹きつけるのはその唇だけではなく、小首を傾げたり、指先を軽く唇に当てたりする、ちょっとした仕草や、秋波とも受け取られかねない視線の使い方みたいだ。  香織は会社の男性とは付き合わないという方針を固持している。世の中にはいい男がたくさんいるはずだから、何も社内で相手を探して無用なゴタゴタを起こす必要はない、というわけだ。  誘われても決してうんと言わないので彼女の評判はますます高まり、いつの間にか「社内一モテる女」と噂されるようになった。  
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

554人が本棚に入れています
本棚に追加