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「こりゃあ、例の奴ですかねぇ」
翌朝、現場に到着した刑事がほぼ全焼した家を見て言った。
「ふん、手掛かりの一つすら残さないとはな。防犯カメラのデータも破壊されているし、これじゃあ単独犯か複数犯かすらわからん」
二年前、突如として現れた、宝石のみを盗み出す、泥棒。
証拠を一切残さない、鮮やかで大胆な手口。マスコミはこぞってその犯人をかきたてた。そして彼らに付けられた名前が《夜風の怪盗》。
「しかしよく燃えているな」
「ものすごい爆音だったそうじゃないか」
「やっぱり、《夜風の怪盗》かな」
「そうだろう。こんなことするのはあいつらしかいない」
「え~。見たかったなぁ」
「お前昨晩は熟睡して起きなかっただろうが」
「ってか、アレ、何?」
「金庫だってよ。《夜風の怪盗》が閉めて行ったから、中は無事だったんだって」
「きゃ~。かっこいい~!」
「金庫!? でかすぎ!」
野次馬もほとんどが見事なまでの焼け野原に驚くばかりだ。しかし、口ぐちに騒ぐ野次馬の中、一人の男だけがその光景を冷静に見つめていた。全焼としか思えない瓦礫の山の中に、例の隠し金庫の姿が見てとれるのを確認すると、かすかに口元を歪ませた。
「やれやれ…またやってくれたか」
その声は小さく、騒ぐ人々は誰も気づかない。三十代と思われる、その男はふと体の向きを変えると、そこから立ち去った。携帯を取り出し、どこかへと電話をかける。
「私です。見てきました。家はほぼ全焼しましたが、金庫は無事のようですね。報告書でも、扉は閉めてあると書いてありましたし。…はい、ではそのように」
普通のサラリーマンにしか見えない彼を、すれ違う人は誰も気に留めずに去っていく。しばらく歩いたその男は、静かに近づいてきた車に乗り込む。車はすべるように動き出し、どこかへ去って行った。
「相変わらず見事だな…」
車の中で男がつぶやく。
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