第三章

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「そうだね、君のことを僕に教えなよ」 突然そんなことを言う吉田先生が最近怖いなって思うの。 怖いとは、ちょっとちがうのかしら? この雰囲気がとても居心地の良いものに感じられる時もある。 そして、私の恐怖は吉田さん、彼にあるの。 女みたいな中性の顔立ちに、薄く綺麗な形の唇、高い鼻に双方の鋭く色気のある瞳。 話す声には色気を含み、熱い視線には熱を覚える。 私ではなかったら、それだけでも彼に惚れるのではないかと思うわ。 顔だけなら、晋作も久坂さんも良いからな。性格以外は。あ、久坂さんは性格も多分いい方にはいるわね。 「ねぇ、君は女だから僕は言うけど、いくら女が勉強したってその知識が他の奴等のためになるとは思えない。まして、女の意見を聴く男はそういないよ。それが現実だから」 「それでもいいの。私に松陰殿が居てくれるから。あの人はねこんな私の言葉をしっかりと聞いて、受け止めてくれるの。みんなじゃなくていいの。一人だけでも私には十分なの」 昔からそうだった。晋太郎や先生は聞いてくれる、私の言葉を。だけど叔父上や、他の親族達には私なんて、空気と同じ存在にすぎない。 ただ、私が利用価値のある人間だったから表ではみんないい顔していた。 「なんだか癪に触るよ。そこまでして先生に恩を返したいわけ?」 「そうよ。一生をかけて返していくつもりよ」 「ふぅん。先生に免じて僕が教えてあげるよ。でも教えるのは気まぐれだから、精々期待しないようにね」 初めから貴方には期待なんてしてませんよ。
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