落胤

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尊氏が直義と師直のどちらに心定めていたのかまだ不明だった頃、尊氏へ対面を求める青年が現れた。 「御身の子・新熊野です」 というのである。 尊氏はそんな子は知らないと追い返したが、その後、そのことについて、直義のもとに相談に訪れる者が何人かいた。 その新熊野なる青年の面倒を見ている者によれば、それは若き日の尊氏が一晩関係した女の腹に宿った子で、鎌倉の東勝寺で育ったのだという。 直義はふと気の毒になり、それとなく尊氏に聞いてみた。 「兄上には一度通ったきりの女というのは、けっこういるのではないか?」 武家に子は宝である。子を儲けるのは大切なことだ。体が大人になれば、そのための教育は受ける。尊氏も女体を使った教育は受けた。 数日おきに、教える女が代わる代わるやって来た。多分、一人につき一晩限りか、多くて数回。 覚えて後も、心のままに女を召したり、女のもとに忍んだり。一度きりの関係もあれば、しばし続いた女もある。 だが、そのような女は、室として家に迎え入れたわけではない。 「全く身に覚えがないのだ」 一夜限りの女のことなど、いちいち覚えていない。 「ですが、一度でも子はできます。女の顔を覚えていなくとも、兄上のお子ということも――?」 「そんなこと、わからんではないか、一晩わしを気安く迎え入れるような女ぞ。他の男とも関係していよう。わし以外としばらく関係がなかったと証明できなければ、わしの子とは断言できん」
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