落胤

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(執権守時の妹だ。何故、兄者はこれを相変わらず正妻にしておくのだろう) 「これは御台様」 直義の声はやや尖った。思えば、大好きな兄との間に初めて薄い壁ができたのは、この女が嫁いできた時である。 だが、登子の姉妹は持明院統の皇族の何人かと血縁関係にある。彼女の姉妹の嫁ぎ先は、何れも国母后妃を複数輩出している公家だったのだ。 尊氏には妻でいてくれた方が良い女なのだろう。 (兄者が単純に惚れているのでなければ良いのだが) 為政者の権力が揺らぐ原因は女だったということがしばしばあるから、女の色香は馬鹿にできない。 「東勝寺から来たという者。あれは足利家のお子に相違ありませぬ」 登子は涙を堪えているのか、表情が険しい。 「父君様の御耳には、変わった孔がございました」 直義の父・貞氏の右耳の耳瘻孔。登子は嫁として、舅の看病中に知った。 登子はそれ以上は言わなかった。だが、思えば東勝寺は北条氏の菩提寺である。そこに新熊野が預けられていたならば。 (北条に縁の人が預けたということだろうか?) とすれば、直義には継母に当たる長兄の生母か、この登子くらいしか思い当たらない。 登子はすぐに帰ったが、直義は父の耳の話が気になり、ついつい密かにその新熊野と対面してしまった。
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