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「父上、笙を聴かせて下さい」
「おお、そうかそうか」
良い暇しのぎとばかりに、尊氏は今度は暢気に笙を吹いたりした。
直義と師直の争いに将軍を巻き込んではならない。結局、武力行使している方には敵わない。要求を拒めば、殺されるだけである。
笙を吹く時は楽しげであるのに、外の師直との交渉になると、助けてくれと、尊氏の目が言っている気がした。
直義は涙を飲んだ。
「直義を出家させる」
尊氏は邸を取り囲む師直の軍勢に対して、直義を出家させ、政務から引きずり下ろすと約束した。登子が何故か残念そうな顔をした気がした。師直は兵を引いた。
直義はこうして失脚した。その後釜には、鎌倉を治めていた尊氏の嫡男・義詮(千寿王)がついた。義詮に代わり、光王が鎌倉に下向した。この兄弟はどちらも登子を母としているが、一緒にいたことがなかった。
さて、失脚した直義の後にまんまと就いたのは義詮である。直義と師直の争いだったのに、気がついたら、尊氏が自分の直系の地位を確実にしていた。
直義は、この政変には黒幕がいて、それこそが尊氏であると悟った。
(可愛らしい兄者……兄者とわしで将軍の職務を分担して――兄者とわし、二人でようやく一人の将軍と思っていたのに)
尊氏をそら恐ろしいと感じた。得体の知れない兄。
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