落胤

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***** 鎌倉延福寺。 朝敵として追討され、捕えられて幽閉される直義。外の空気は知らぬ。 「湿った風。お体に障りませんか?」 少しは春の気配もあるのか。その湿気を気にして、父の健康を案じる外の光王の声に、直義はなんだかほのぼのとした。 (光王、おことはいい子だな) こんな身の上となった叔父を、肉親として今なお慕って、躊躇いながらも会いに来てくれる甥。敵対していても、甥でさえ叔父を慕うのに。何故、尊氏は我が子の直冬を徹底して憎悪するのか。 思えば、尊氏が直義を憎み初めたのは、直冬を養子にした時からなのだから――。 「大御所様、一つだけ伺いたいことがございます。直冬を何故お認めにならぬのです?何故、徹底的に討ち果たそうとなさる?親子でござろう。どうして我が子を殺さなければお気がすまぬのです?」 「我が子だと?」 「我が子でないと、なお仰せられまするか」 ふっと笑う直義に、尊氏はやや言葉を詰まらせた。 「そこまで御台様へのお気兼ねが?」 母の悪口を聞かせるのは不憫だと思ったのか、しばしの沈黙の後、尊氏は光王に言った。 「湿気がある。先に帰って、笙の手入れをしていなさい」 尊氏が自分の笙も光王に預けたのだろう。やがて躊躇いがちに、光王から声がかけられた。 「では、失礼を」 尊氏に言ったとも直義に言ったともとれるが、直義には、自分に頭を下げる甥の姿が十分想像できた。ひたひたと足音が遠ざかっていく。
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