落胤

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「後生です、それがしを処刑して下さい!」 尊氏はしばしの沈黙の後、やはりのんびりと言った。 「それは駄目だ」 「それがしがいなくなれば、足利家は一つになります。御台様の陰謀は破れます」 「違うよ。こなたが死んでは御台の思う壺だ。こなたが起つだけで、なお万の兵が集う。こなたにはまだそれだけの影響力がある。だが、こなたが死ねば、こなたの下に集まる兵はなくなる。大軍が集まらないとなれば、吉野方は好機到来と、わしを裏切り決起するであろう。再び戦乱になれば、今度こそ我が足利家は苦境に立たされる。それこそ御台の望む通りではないか。御台に勝つには、わしとこなたが手を携え、直冬は消す」 「兄者……」 「さてと長居した。もう帰るよ。また明日来る」 尊氏は立ち上がって、幽居を遠ざかって行った。 「ぼーおーいーぃち、おつー、おつー」 笙の代わりに唱歌しながら―― その数日後。 正平七年二月二十六日。 師直ら高一族の暗殺からちょうどぴったり一年たったその日。 足利直義は急に体調を崩して亡くなった。 鴆毒の害であろうか。 その死を受けて、南朝方が尊氏を逆賊と称し、再び挙兵した。 世はこれまで以上の混沌とした、動乱の泥沼と化していく。 そう、観応三年のことである。 ――完――
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