第1章

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 天然のシメジというキノコは実は、かなりレアである。 高級品ならば流通も、少ないのは当然である。  そこで偽シメジとは言わないまでも、ブナシメジや また、ツクリシメジ、味シメジといったモノが多く 食卓にのぼる。  すると奇妙な事に、本物であるシメジは 「本シメジ」などと言い訳がましい名称になる。 「本みりん」「本カツオ」「本ワザビ」はてさて。  富山県にある安野屋駅から松川土手に沿って 護国神社を雪の中をわけて向う。  そこに橋がある。「磯辺一本榎」の看板があるだろう。  時代を遡って四百年数十年。天正年間といえば 西暦に直すと1573年?92年の時期であろうか。  この時期の富山治世は佐々成政の頃。 成政には可愛がっていた、器量良しの妾に 小百合という女性がいた。  美貌、振る舞い、所作、気遣い。どれをして 文句なしの女性である。  よくある一座。  人はこれ美しきを壊し、完璧を妬む。 美しきを壊すのは、怖し故なりける。  侍女達の嫉妬は小百合一人に重くのしかかり。 その謂われなき、密通の噂も瞬く間に広まった。  彼女達の、恨み辛み妬みそねみ。とは。 主君である成政の、憤慨と天秤にかけても 吊り合うメドの見えぬ果て。  磯部の堤へ小百合は、連れられ。 一本の榎に逆さに吊られて、斬り刻まれた果てた。  それから、榎の周囲を怖さでもなく 呪うでもなく、ただ行き場の無い火が灯っては 榎から離れる事も、適わぬままに漂う。  恨みも何もない。榎から離れたいだけ。  明治の頃まで、この小百合火は目撃され 伝わっている。当時のそれによればこうだ。  榎を周って七回。  小百合と名を呼ぶ事。  彼女は多くの火を背負って。 重荷が辛くて飛べない旅客機の如し。 昨年も榎を越えられなかったかもしれぬ。  このように謂われるが、今年の冬はどうであろうか。 小百合、小百合、火を灯せ。 いつかは、飛べるように消える事が適うように。  其は本か、仮か否や。
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