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真正面に久藤と向かい合うと翠は屈託無く笑う。
「ずっと涼介くんに会いたいなぁ、って思ってたんだ」
久藤は息を詰めて、返す言葉が見つからない。
あんなに求めていた女(ひと)、言葉が何かのご褒美のように一度に降って湧いてくるなんて。
でも、彼もぶっきらぼうに答えることしか出来ない。意地と言えた。
「俺でなくても…圭がいるじゃん」
少しだけ間があって、あまり今の時節に合わないそよ風が三人の間を吹き抜ける。
「圭くん、最近構ってくれなくて。仕事が忙しいばかり言うの、ね、何か圭くんから聞いてない?」
少し口を尖らせ、指で髪を弄りながら翠は小首を傾げて尋ねる。
「さぁ、俺は翠ほど仲良くないし…。」
出来るだけ平静を装って、彼は明後日の方を向いた。
翠はその様子を少し面白くなさそうに見ていたが、名案を思いついたらしくパッと顔を輝かせて両手を打つ。
「そうだっ!また三人で遊ぼうよっ。あの頃は楽しかったもん、圭くんも涼介くんが来るなら絶対スケジュール空けると思うし、ねっ?ね?」
キラキラと目を輝かせる翠をそれでも私は処刑人みたいに思えた。
笑顔で人を傷つけ、息の根を止める。彼女の誘いは久藤にとって、とても甘美であると同時に言葉の包丁に胸を抉られるような痛みを伴う。
久藤は怒りも悲しみも表せずにいた。ただ諦めたように息をフッとついて胸の疼きを隠す無表情の仮面を引き被っている。
彼は、次の言葉を発せないでいる。
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