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私はこの時の気持ちと行動の矛盾を今でも説明できない。
ただ、自分は泣いていた。とても悲しかったのは覚えている。
久藤は本日、何度目にかなるポカンとした顔を晒して私と翠を一寸見比べた。
翠は興味無さそうに文字通り、遠くから見ていた。知り合いと思われたくないのかもしれない。
一度自分のつま先を見下ろした久藤の視線が、顔を上げて私を捉えた。
地面に縫い付けてあったはずの彼の足が、最初の一歩を踏み出す。
まるで空を歩くような覚束ない足取りで、つまずき、つんのめりそうになる。
生まれたての仔鹿かっ!!とツッコミをいれたかったがそれは、私の心の奥にじんと染み込んだ。
「じゃあ」
とだけ翠に片手をあげながら久藤は一歩、一歩、歩みを進める。
相変わらずヨロヨロノロノロと危なっかしい足取りではあったが、脇目もふらず確実に私との距離を縮めていく。
翠はあまりにも呆気ない久藤の挨拶に、信じられないという顔をしていた。もしくはまだ、状況を掴めていないようで棒立ちのままだ。
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