第1章

6/8
前へ
/10ページ
次へ
私はこの時の気持ちと行動の矛盾を今でも説明できない。 ただ、自分は泣いていた。とても悲しかったのは覚えている。 久藤は本日、何度目にかなるポカンとした顔を晒して私と翠を一寸見比べた。 翠は興味無さそうに文字通り、遠くから見ていた。知り合いと思われたくないのかもしれない。 一度自分のつま先を見下ろした久藤の視線が、顔を上げて私を捉えた。 地面に縫い付けてあったはずの彼の足が、最初の一歩を踏み出す。 まるで空を歩くような覚束ない足取りで、つまずき、つんのめりそうになる。 生まれたての仔鹿かっ!!とツッコミをいれたかったがそれは、私の心の奥にじんと染み込んだ。 「じゃあ」 とだけ翠に片手をあげながら久藤は一歩、一歩、歩みを進める。 相変わらずヨロヨロノロノロと危なっかしい足取りではあったが、脇目もふらず確実に私との距離を縮めていく。 翠はあまりにも呆気ない久藤の挨拶に、信じられないという顔をしていた。もしくはまだ、状況を掴めていないようで棒立ちのままだ。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加