2.新しい風

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託実と二人だけで、張りつめてた部屋に 緩和剤のように入り込んできた、一綺さんの存在にちょっと救われた。 託実の不機嫌の原因をどうする術もない私には 一綺さんの存在は救世主で、一綺さんと話を弾ませてるとまた 託実の視線が突き刺さってくる。 「理佳ちゃん、PC少し借りるよ」 そう言って、一綺さんはpcを自分の方に向けると キーを触って、何かのソフトを立ち上げる。 そこに、ヘッドセットとマイクを付けて私の前に差し出す。 「このボタンを押したら、裕先輩に繋がるから。  私たちが出た後、連絡してみるといいよ。  託実、そろそろ消灯時間が近づく。  家まで送るよ。  帰ろう」 一綺さんは、今も何処か不機嫌そうな託実を連れて 病室を出ていった。 一人になった病室。 ノートパソコンの画面と睨めっこして、 マウスでカーソルを移動させて、コールマークのボタンの上にカーソルを重ねるものの ポチっとクリックが出来ない。 何度か深呼吸を繰り返して、 目をつむって、一気に指先に力を込めた。 画面が発信コール画面へと変わる。 「お久しぶり」 そう言って、懐かしい声が耳に届いた。 「裕先生……」 思わず名前を紡ぐけど、なんだか変な感じ。 電話とも違う感覚で、私のノートパソコンの画面には 裕先生の向こうの様子が写ってる。 あっ……ヴァイオリンのケース見つけた。 画面に映る背景も楽しみつつ、 会話を続ける。 「この間公開されてた動画、見たよ。  理佳ちゃんのオリジナルだね」 「はいっ。  この間、病院の廊下で妹の絵を見たから。  作ってみたくなって」 「そうだったんだね。  他には、何か変わったことはある?」 裕先生と話してる時間は、 ちょっとホッとする。 「変わったことって言うか、えっと……裕先生って、隆雪くん知ってますか?」 「隆雪?宮向井隆雪。今の弟のジュニアの一人だよね。託実の友達の」 「えっと、その部屋は私にはわかんないけど、託実の友達なのは確かだからそうなのかも。  その……隆雪君に頼まれて、隆雪君の夢のお手伝いを少ししたくて協力したいなーって思えたんです。  バンドの曲の編曲って言うのかな?」 「理佳ちゃんがバンド用の曲を編曲。また思い切った冒険を決めたんだね」 「はい……」 確かに思いきった冒険。 それは自分が一番知ってる。
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