4.練習と曲作り~裕先生の寄越した人~

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「私たちは逃げませんから、どうぞごゆっくり」 その優しそうな声に、甘えるように頷いて 私は楽譜を片付けて、ノートパソコンを頭元に折りたたんだ。 「宗成伯父さまに許可は頂いてるの。  少し付き合ってくださらないかしら?  大丈夫よ、伊集院先生も同席されてるから発作が起きても処置はして頂けるわ」 そうやって女性は話を進めていく。 会話から察するに、この人が裕先生の従姉妹だろうなー。 そして……伊集院先生。 そうやって言うからには、私の発作の処置が出来るのはお医者様だから さっき声をかけてくれた男の人は若い気がする。 だったらこっちの小父さまが、伊集院先生……。 でもあれ? 私……この顔、見た事ある。 冴子先生から貰った、リサイタルのDVDに一緒に居た気がするんだけど……。 「伊集院紫音(いじゅういん しおん)」 思い浮かんだその名を声にして呼び捨てた。 「満永さんでしたね。  初めまして、伊集院です」 そう言って、その凄い人は私に挨拶をしてくれた。 裕先生って……いったいどんな人なんだろう。 こんな凄い人と繋がってるなんて。 「さっ、移動しましょう」 促されるままに、車椅子に移動すると 後ろにまわって、優しく声をかけてくれた人が車椅子を押してくれた。 私の隣には、女の人と伊集院さん。 ナースステーションに顔を出して、出掛けることを伝えると そのまま私はエレベーターで1階のエントランスへ。 何時もはその場所までが私のテリトリーなのに、 その日は、ガラス扉の外の世界へと私は連れ出された。 ロータリーには、車椅子ごと私が移動できるボックスタイプの車が停車していて 私は後ろ側から、用意されていた坂を上って車内へと固定された。 遅れて車内に乗りこんできた三人。 女性の合図を受けて、車は動き始める。 15分くらい車に揺られて到着したのは大きなビルの前。 同じように後ろ側から車椅子ごと降りると、 その人は建物の中へと入っていった。
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