9.12月の行事 

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一綺兄さんはそう言うと、 ぶら下げてきた大きな箱の中からドレスを取り出した。 ピアノの演奏会の時に着ていたドレスとは違った、 もう一着。 「母が作ってたんだ。  ダンスパーティー用に。  だからこの部屋に戻ってきた時に、一番最初に目に留まるように  ハンガーに吊るしておこうと思ったんだ。  今度こそ、このドレスを着て出掛けられるように。  お呪いみたいだろ」 そう言いながら、主の居ない部屋に、柔らかな布が何層にも重ねられて ふわふわしているドレスが、場違いだけど飾られた。 「大丈夫だよ。  まだ……理佳ちゃんとやりたいこと沢山あるだろ。  来月は、隆雪の誕生日。  そして、クリスマスイヴにクリスマス。    今年はどうするの?  隆雪の誕生日とイヴは同じ日だね」 そう言って、一綺兄さんは病室のカレンダーをめくった。 生きられた日の時間だけカレンダーには大きく日付欄に【有難う】っと小さな文字で記入されている 理佳のカレンダー。 そのカレンダーに綴られ続ける感謝の言葉は、 11月4日を最後に、とまってしまっている。 俺はアイツの代わりに昨日までの日付欄に【有難う】の文字を書き込んでいく。 いつもと同じ日常・いつもと同じ時間。 ただその場所に、理佳の笑顔はなかった。 理佳と対面が許されたのは、11月の終わり。 俺がいつもと同じように病室を訪ねた時には、 誰も居なかったベッドに、こんもりとした掛布団。
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