9.12月の行事 

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「バカ……何、無理してんだよ」 すぐにでも抱きしめたくなる衝動を必死に抑えて 告げられた言葉。 「……ごめん……」 アイツは消えそうなほど小さな声で呟く。 「何謝ってんだよ。  それより……理佳、晩飯。  とっとと食べろ。  今から準備してやっから」 そう言いながら、俺は理佳に夏休みにプレゼントした食器を手に取ると 病院食の入った食器から、どろどろのおかゆをスプーンで掬って器を変える。 そんな俺をじっと見て固まったままの理佳。 「何?  どうかした?」 作業を進めながら切り返した俺に『抱きしめてくれないの?あの時みたいに』っと アイツは俺の記憶にないようなことを紡いだ。 「抱きしめた?  何時?俺が?」 誰だよ、理佳を抱きしめた奴。 そんなの出来るもんなら、俺が一番やりてぇのに……。 「あれっ?  託実じゃないの?    ベッドに横たわってた私を布団ごと抱きしめて、  『とっとと熱下げろ。いいな、理佳』って……  託実言ったでしょ?  だから頑張らなきゃって思ったのに……」 おいおいっ、理佳……。 キョトンとしながら、理佳の中の現実を俺に語ってくれる。 だけど……当然ながら、そんな記憶は俺の中にない。 だからこそ……その理佳の記憶は、 魘されながら見た、アイツの夢でしかないはずなんだけど 夢の中のアイツが許されたなら……俺もいいのかな。 少しずつ理佳の傍に近づく俺に気が付いて、 遠山さんは何も言わずに病室を出ていってくれた。 多分、抱きしめてもいいってことだよな。 そうやって解釈した俺は、 夢の中の俺の様に、布団越しに理佳を抱きしめる。 初めて触れた理佳は、 お世辞にも柔らかいなんて言えたもんじゃない。 力いっぱい抱きしめたら、今にも折れてしまいそうなほど 細くて、痩せて、手の先も凄く冷たくて……。 だけど……近づけた体に、アイツの呼吸を感じる。 その呼吸が……今も理佳が生きているのだと俺に伝えてくれた。 「手、冷てぇ。  ほらっ、あっためろや」 理佳の手を、こすり合わせて体温をあげた俺の手で包み込む。 「託実……暖かい」 「そうだろ、寒くなったら俺があっためてやる。  だから……ちゃんと、俺のところに戻って来い。  理佳の居場所は、俺の傍だろ。今は」 何時もは照れくさくて言えないセリフも、 今日だけはサラサラと口から出てきて……。
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