唐風の楼閣、月夜の宴。

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月夜だった。    絶壁に面して立つ、浮世離れした様相の唐風の楼閣。  石造りの重厚な造りのはずのそれは、高い天井を支える長い長い柱と、欄間や欄干に施された繊細な透かし彫りによって、それほど重々しさを感じさせない。  崖から吹き上げる風が、月の光に明るく照らされた室内に流れ込む。  中央に火を囲んで、若者たちが七人。  長い髪を、伸びるままに肩に垂らした童子姿の少年が二人。  ―――赤い髪に金の瞳を持つ鬼の王、酒呑童子と、美女のごとく美しい顔立ちの鬼、茨木童子。  都人らしく美しい着物に身を包み、姿を整えて貴人風情の青年たちが五人。  都の武将、源頼光と、その四天王、渡辺綱、坂田公時、卜部末武、碓井貞光。  楼閣は、都で恐れられている鬼、酒呑童子の住処である。  先日頼光に討ち取られたとされた鬼の王は、首を落とされる直前に屈辱的にもその命を救われ、訳あって頼光に仕えることになった。    それぞれの手には杯があるというのに、宴と呼ぶには静かな空気が流れていた。  杯が空になれば、どこからともなく現れる女たちが、これもまた静かに、酒を注ぎに現れる。  深紅の、香りの良い強い酒だった。    月明かりと炎に揺れるそれは、杯のなかではまるで血のように深く澱む。  言葉はないが居心地は悪くなく、それぞれにこの宴を楽しんでいるような、不思議な雰囲気。  ふと、綱の杯がまた空になり、ほどなく甕を手にした女が現れる。四天王の中で一番年若い綱は、杯を上げるべきか、それとも「頼む」と一言告げるべきかというような。なんとなくこの場に馴染みきれないような表情で女の行動を見守る。  ふわりと、綱の差し出した杯に甕を傾けるその女の髪が、月明かりのなかでも煌くほどの、白銀。  思わず目を瞠った綱に、向かいから押し殺したような笑い。  くっくっ、と。  低く笑う酒呑童子が、正面。 「驚いたか、剣豪殿。なかなかに美しい娘であろう」 闇でもなお煌めく金の瞳が愉快そうに細められる。 言われて、改めてその顔立ちを不躾なほどよくよく見る。磁器のように白いなめらかな肌に、やや眦の切れあがった瞳は、揺らめく炎を反射する緑がかった金色。それでいて少し彫りの深い顔立ちは、唐より西の血を引く者のようにも見えて、夜目にも美しい。 「彼女も鬼か、童子」  驚いたように問えば、否、との答え。 「最近見つけたばかりだ。翠月という」 「翠月?」  唐風の名ですね、と問うのは、貞光。 こちらは武将というより文化人然とした容姿で、神経質そうな眉をひそめて、酒呑の告げた名を繰り返した。  名を呼ばれて反応したのか、当の翠月は無関心な瞳をゆるりとそちらへ向ける。意識があるのか、ないのか。  夢見るような、ぼんやりとした瞳。 「まだ意識が定着していないのだよ。時間をかけてようやく身を起こすまでになったところだ。ずいぶん前に唐から、名のある坊主と渡ってきたらしいが…。白面金毛九尾の狐というのを知っているか?」 (続)
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