唐風の楼閣、月夜の宴。

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 杯を片手に問う酒呑童子に、あぁ、と頷くのは、末武。どこか少年らしさを残したような、しかしやや軽薄な印象のある青年は、僅かに杯の底に残った酒を揺すりながら返事をする。 「古代唐土の王朝を壊滅させた悪狐だろう、美女に化けて時の権力者に取り入る、という」 それがどうした、この娘の話になんの関係が。 言外に滲む疑問に、酒呑が答えた。 「そう、その妖狐が、この翠月だ。」  こともなげに言い切る酒呑童子に、四天王全員が目を瞠った。 何を戯言を、と思いながらも、頼光と公時を除く三人の手が、反射的に刀へと伸びる。 一瞬にして、その場に緊張が走った。 その様子を面白がるように眺める酒呑童子と、さして興味もないように、その杯に酒を注ぐ茨木童子。 涼しげな目元を崩さず、杯を片手に酒呑童子の言葉の続きを待つような風情の頼光に代わって、落ち着いた声で公時が問いかけた。髪を結い上げず肩に垂らした童子姿に、少女と見まごう美しい顔立ちの、十を少し出たくらいに見える少年である。長いまつ毛が縁取る大きな黒い瞳は、しかし少女ではありえない強さを持って鋭く酒呑を睨みつける。 「・・・その娘には、一国を滅ぼすほどの妖気は感じられない。貴様のことだ、鬼。なにか細工があるのだろう」 少年らしい、凛とした声は、しかしその年齢にそぐわない理性と理知を備えて、響く。 その言葉に、にやりと笑う、童子が。 「さすがは怪力殿。長く生きているだけのことはある」 楽しそうに、応える。 「俺の父は、かつて出雲に在った大蛇でな」 出雲の国の、大蛇。 まさか。 「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)、か?」 恐る恐る、口にした末武に。 無言の笑みが、肯定を表す。 伝説の、蛇神が、父。 疑うべきか、恐れるべきか、思考する一同が、黙り込んだとき。 ほう、と。 初めて頼光が、感心したように声を上げた。 「それは初耳だな」 冷たくすら感じる美声を放つ男は、決して大声では無いその一言ですらその場の視線を集める不思議な雰囲気を持つ。冴えた氷のような視線。結い上げた髪も、杯を持つ指も、ただそこに存在しているだけで目を奪われるのは、外見の美しさだけではなく人ならざるもののような気配のせいだろう。 次に続く言葉を予想してか。 頼光のその声に、楽しげだった酒呑童子の表情が、わずかに苛立つ。 「その割には、わたしの策略に容易く屈したな。酒に釣られて力を奪われるのは血筋ゆえか?」 月明かりを背に、笑みを含んだ美しい声。 やはり言うと思った、と。 酒呑童子は小さく溜息。 「酒に釣られるのが父譲りなのは認めよう。だが勘違いするな。俺が父より譲り受けた力は、あのときすでに俺のなかにはなかったのだ」 どういうこと、と、誰かが口にするより先に。 「気が付かれませんか、皆様」 控えていた茨木童子が、静かに口を開く。 「大蛇の首は、八つ。封じられた妖狐の尾は、八本・・・」 (続)  
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