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雨宮洋子は、初めの一歩で躓いた。躓いて転んだ。でもそのことを彼女自身は気付いていない。 とりあえず誰かを好きになろうと積極的になっていた彼女はめでたく、いとも簡単にすんなりと、理想像を見つけ出すことが出来た。評判だけを鵜呑みにして、理想の人だと思い込み、信じ込み、勝手に好きな人を作り上げた。これは当然の結果と言えるだろう。他から聞こえてきた評判だけで言えば、最悪ばかりを想定している結果として善い人に見えてしまう彼に勝る者はいないのだから。 完成されているように見える優しい人。優しいように見える人。中身が何よりも肝心だと思っていた彼女は、皮肉にも中身が空っぽの人を好きになることにした。園村誠という、空洞な男子生徒を好きになることにした。   雨宮洋子は転んでいる。転んだままの彼女は、園村誠ほど理想的な男性はいないだろうと思う。彼以外にはいないと確信する。 園村誠の存在を知ったのは友人達が話している会話からだった。 「二年四組のクラス委員の子知ってる?」 「知ってる知ってる。園村君、だっけ」 「そう。園村誠君。園村君って、放課後に校内を自主的に見回ってるんだって」 「らしいよね。何か問題が起こっていないかをチェックしてるんでしょ。しかも毎日」  友人達の話を雨宮洋子は最後まで聞かなかった。友人達の何気ない会話という、自分達の主観のみを語る酷く曖昧で偏ったものを判断材料としていたので、最後まで聞いていたら、園村誠を好きになろうとは思わなかったかもしれない。何故なら友人達は、 「それって内申を稼いでるってことかな」 「そうに決まってんじゃん。じゃなきゃそんなことするわけないって。お人好しにもほどがあるでしょ。ただの善人がいるわけないじゃん」  と、続けていたのだから。  園村誠君か。なんて素敵な人なのだろう。なんて素晴らしい人なのだろう! 雨宮洋子はすっかり夢中になった。顔も知らない、話したこともない男子生徒に想いを馳せた。  彼女の積極性は更に増す。二年四組。クラス委員。所属しているクラスとそこでの肩書きを知ったところで、人に聞かなければ園村誠が誰なのかなんて分からない。しかし彼女は誰に訊ねることもなく、その日の内に園村誠を見つけた。その日の放課後に。
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