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「遠矢はもっとゆっくり食べるべきだ」
「お前に言われたくない。ていうか前にも言ったけどさ」
綾女は箸を止めて園村を見る。園村は休むことなく箸を動かす。
「私は標準的なんだよ。三十回。よく噛んでるじゃないか」
「わざわざ数えてるの」
「数えてないよ。でも小学生の頃に散々親に言われたからな。数えながら食べてたんだよ。だから今も感覚としてはだいたい三十回だ。三十回前後」
「僕だって親に言われてたよ」
「だから、それは親に言われ過ぎだ。それかお前がシビア過ぎだ。どうしたら一口に百回以上も噛むことになるんだよ。ガム噛んでるんじゃないんだからさ。それともお前は毎日グミとかスルメが食卓に並んでたのか」
「並ばないよ。並ぶわけがない」
ごちそうさまでした、と律義に手を合わせる。そのまま席を立つと食器を片づけ教室を出る。その時に綾女が何しに行くんだよ、と聞いてきたが園村は聞こえないふりをした。
早めに給食を食べ終えたのは、言うまでもなく呼び出されたからだ。呼び出されたからには遅れてはいけない。遅れてはいけないと言っても時間指定をされているわけではないので、それどころか昼休み、という大きな括りにされているので、早いも遅いもない。昼休みが終わる五分前に行ったりすればさすがに遅いのかもしれないけれど。
それに今の時間は給食を食べる時間である。食べ終わった人から昼休みというのは、ちょうど食べ終わる頃に昼休みの時間になるということだ。そのことを園村は重々承知している。給食の時間は、一口に百回以上噛んで食事をする生徒への配慮はない。だから普段の園村は食べている途中で昼休みになってしまう。出されたものは食べなければいけないと思うが、一人で食べていればその分給食当番の後片づけが遅くなる。これを迷惑と言わずして何と言おう。ご飯を残してはいけない。後片づけに支障を来してはいけない。園村は毎日この二つを天秤にかける。天秤にかけておきながら、給食を残さず食べたことはない。どちらに傾くかは毎回分かり切っている。分かり切っているのに、優柔不断であることを自らに科しているように本気で悩む。
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