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園村の重さを感じ取る人はいない。感じ取れる人はいない。傍から見ればどうしたって、顔色を変えないせいで、感情が表情に出ないせいで、顔を強張らせる綾女とは対照的に、不敵に担任と対峙しているようにしか見えないのだから。
矢田が身体を横に向け、教壇から降りる。足が床に着くと同時に日直当番が言う。
「礼」
矢田は生徒の方を見向きもせず、まるで無関心に教室を出て行く。足音が遠ざかる。その音が完全に消えるまで、この教室には秒針の音しか響かない。
ため息が一斉に漏れる。教室は思い出したように呼吸を繰り返し、徐々に色彩を取り戻していく。
園村も一息吐いた。ここでようやくマイナスのサイクルから抜け出せる。抜け出してみて、あまりに悪い方へと考えすぎだと反省する。その反省が生かされたことは一度もない。脅威が目の前から消えれば、自分を襲ってきた不安はたちまち霧散する。忘れることはないけれど。
「やっぱ園村は凄いな」
綾女が園村の肩を叩く。
「余裕綽々って感じでさ。どうすれば矢田相手にそんな態度が取れるんだ」
「違うよ。そういうのじゃないから」
そういうのじゃないから。その一言で、園村は全てを否定している。相手の言いたいこと、抱くこと、それを踏まえての自分への評価、その何もかもが違います。しかしそれが伝わることはない。伝わるわけがない。それでも園村は言う。そう言う以外に思いつかないからだ。
言いながら思う。自分への見方の全部が不正解だと、どうすれば分かってもらえるのだろう。
「一時間目は国語だ」
誰に言うでもなくそう言って、鞄から教科書を取りだす。どの教科でも教科書を机の中に置いておくことはない。矢田に見つかると悲惨なことになるからだ。
鞄から教科書を取りだしていると、あるものが視界に入った。ある、机の中のものが。それが目に入った瞬間、園村の頭に矢田が過ぎった。不安が実体となり胸の内を突いてくる。机の中に置き忘れてしまったのだろうか。もしそうなら休み時間に矢田に呼び出されるかもしれない。
その不安は瞬く間に消える。明らかに置き忘れたものではなかったからだ。
机の中に入っていたものは、一枚の便箋だった。
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