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触れて良いものではない。
でも、触れたい。
胸がキュウっと絞まって、私は更に強く胸を押さえた。
「行かないの?」
私の気持ちを知らない早苗は、笑みを携え首を傾げる。
先に足を踏み出していた早苗との距離は、メートルの距離だ。
私は、ゆっくりと足を踏み出した。
クスリと笑う早苗は、再び歩を進める。
曲がらない背筋。
彼女の後ろを歩けば必ず鼻に入る、花の香り。
触れたい人は、私の手の届かぬ距離を保って進んでいく。
この気持ちは、無くしてしまわねばならない。
彼女に軽蔑されぬよう、副会長として、友として好かれていたいから。
大きく息を吸い込んだ。
そうすれば、花の香りが鼻から、口から体へ入る。
その香りが私の瞳に水を生んだ。
ポツリ、ポツリと。
「…………」
前を歩く彼女の背中が歪んで見えて、私は見ていられないと思った。
だから、足を止めて……来た道へ振り返り、走る。
やっぱり、私は早苗が好きなのか。
やっぱり、私は恋をしていたのか。
初めての恋が、同性の早苗で。
私の気持ちは、異性へ向けるべきものであって。同性という対象への恋心は蔑まれてもおかしくない。
そう思えば思うほどに苦しくて堪らない。
花の香りから逃れるように走った。
さっきの校舎裏へ来てしまえば……膝を折って息を漏らす。
目から落ちる涙が地面に跡をつけて、それが虚しさを呼び寄せる。
視界の端に、薄紅の花が頭をもたげているのが見えて、私はその花から目を逸らせなかった。
頭を垂れるその花が、どこか自分のように見えてならない。
辛い、苦しい。
恋心など……抱かなければ良かった。
自分に重ねた花へと手を伸ばす。
私は、その花を…………手折り千切った。
『花の香り』完
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