第14楽章 葬送行進曲

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玄関を出て、扉を閉めて。 エレベーターの降下ボタンを押して。 私は振り返って洵の部屋の扉を見た。 扉は物音一つ立てず、無機質な冷たい壁と同化している。  エレベーターの扉が開いた。 私は乗り込まずに、じっとエレベーターの中を見つめていた。 やがて、誰も乗らないエレベーターは、扉を閉めて下がっていく。  ここで待っていれば、洵が追いかけてきてくれるのではないかと思った。 慌てた顔をして、息を弾ませて「杏樹っ! ごめん!」と言って部屋から出てきてくれるのではないかと。 そう思ってずっと待っていたのに、洵はついぞ現れなかった。 受け入れてくれたと思っていたのに。 私達の間には、私達にしか分からない二人だけの世界があって、離れることなんてできないと思っていたのに。 特別だと、信じていたのに。 こんなに呆気なく、突然に、終わりが来るなんて思ってもいなかった。 心変わりを責めることなんてできないけれど、それでも最後に理由くらい教えてほしかった。 結局、好きだと言ったのは私だけだった。 洵の口からは一度も好きという言葉は聞けなかった。 それが答えなんだと言い聞かせても、切なくて会いたくて、私のことを好きじゃなくてもいいから側にいたいと願ってしまう。 初めて見たときから、洵に魅かれていた。 それは説明することのできない、強烈な本能のようなものが洵を求めていた。 才能に惚れた。 そして洵の人間性にも惚れた。 ぶっきら棒で口が悪くて冷たくて。 それでも溢れ出る優しさは、一緒にいるととても居心地が良かった。 繊細なところも、少し神経質なところも、愛しく思っていたのに。 どうして突然終わりが訪れたのか。 どんなに考えても分からなかった。
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