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「俺、ピアノ辞めるよ」
病室の丸椅子に腰かけながら、項垂れてそう呟くと、母は突然怒り出した。
「何言ってるの!
あなたはショパンコンクールに出場して世界から絶賛されて、有名なピアニストになるの!
洵が演奏会を開けば、コンサートホールは超満員で観客は全員あなたのピアノの音色に恋するの。
それが私の夢。
ねえ、洵、こんなことになってしまったけれど、オーディションには必ず出場してね。
そしてショパン国際ピアノコンクールに出場してポーランドに行くの。
大丈夫、お金のことは心配いらない。
だからお願い、母さんのためにもピアノを弾いて」
そう言われては、頷くことしかできなかった。
母は馬鹿だ。
こんな風になってまで、俺にピアノを続けさせようとするなんて。
そして、こんな状態になるまで気付かなかった俺は、もっと大馬鹿者だ。
母の愛に目を背けて、うざがって、酷い言葉もいっぱい言った。
それなのに、母はいつだって俺のことを考えていた。
俺を愛してくれていた。
自分を犠牲にして、俺を育ててくれた。
「俺、絶対ショパン国際ピアノコンクールに出るよ」
母の萎れた手の平を、両手でぎゅっと包み込むと、母は嬉しそうに笑って、震える指先で弱々しく握り返した。
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