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そして、その三週間後、母は亡くなった。
オーディション予選日の前日だった。
母が亡くなって、憔悴しきっているところに、離婚した父が病院に駆けつけてきた。
父はすでに再婚していて、子供もいる。
入院中は一度も見舞いに来なかったくせに、息を弾ませて青ざめた顔で来たときは、何を今更と白々しい気分になった。
その父が事もあろうか、「葬儀を遅らせるから、お前はオーディションに出ろ」と言われた時は、ぶん殴りたい衝動に駆られた。
「出れるわけないだろ、こんな状態で!」
怒りを露わにして叫んだ。俺のピアノに興味がなかったくせに、よくも……という気持ちだった。
「遺書があったんだ。生命保険金を、洵がポーランドに行く旅費と滞在費用に当ててほしいって」
絶句した。
なんだよ、お金のことは心配いらないってそういうことだったのかよ。
最初から自分が死ぬこと分かってて、だからそんなこと言ったのか?
なあ、そうなんだろ?
死んでまで俺に行かせたかったのか?
約束を、思い出した。
俺は約束を果たさなければいけない。
母のために。
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