第14楽章 葬送行進曲

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有村が来ていなかったのですっかり安心した私は、それからほとんど毎晩アマービレへ通い、夜は洵の家に行った。 洵は遠子さんのことを何も話さなかったから、私は何も聞かなかった。 束縛する資格なんて私にはないからだ。  有村からの仕事の依頼は度々あるけれど、私は毎回妊娠したと客に嘘をつき、男との触れ合いを避けている。 いつまでも嘘をつき続けていられるわけではないと頭では分かっていても、私はいつも目先の楽な方に逃げてしまう。  最近の洵はなんだか様子がおかしかった。 いつも家では苛々していた。 私が聴いている分にはいつもと変わらず素晴らしい演奏なのに、何の前触れもなく演奏を止め、「こんな演奏じゃ駄目だ」と毒づきながら、その怒りをピアノに当てるように、10本の指先で思い切り鍵盤を叩く。 バーンと雷が鳴るような音を響かせて、項垂れる。 その様子は鬼気迫るものがあり、私は不用意に声を掛けることができない。  元々短かった睡眠時間も、最近では更に短くなり、目の下にクマができて、食も細くなっているせいか、やつれたようにも見える。 そんな洵が心配で、私はガラにもなく料理を作ったりして、洵になんとか栄養をつけさせたいと頑張ってはみるが、洵はどんどん自分の殻にこもり屈折していく。  そして更に悪い事に、アマービレでの演奏中もミスタッチをすることが増えてきたのだ。 以前の洵なら考えられない。 今まで難なく弾けていた曲も精彩を欠き、苛々が表面に出てしまっている。
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