第15楽章 別れの曲

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数分後、会場がざわめき出した。 審査員だけでなく、観客全員が俺を見つめていた。  俺は、椅子に座って、鍵盤に指を乗せたまま、一音も弾くことができなかった。 周りは何が起こったんだと心配そうに騒ぎたてる中、俺は、鍵盤に乗せた自分の指を見つめたまま硬直していた。  動かすことができなかった。 指に力が入らないのだ。 鍵盤が重くて押すことすらできない。  そうして、俺の演奏は終わった。 一音も紡ぎだせずに。  その後、俺は音大を辞め、寮付きの工場で働き出した。 車の組み立てや塗装を行っている会社で、工場内は常に金属音や電動ドライバーの音で満たされていた。  ピアノとは全く関係のない場所で、人とあまり関わらない仕事がしたかった。 同じバイトの仲間や社員たちとも、なるべく話をしないように避け続けた。 全てのことから逃げたかった。 生きることが酷く、面倒に感じた。 未来のことなんてどうでも良かった。 失うものが何もない。 だから、楽だった。 楽だけど、楽しいことなど一つもなかった。
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