第15楽章 別れの曲

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俺は失った三年間を取り戻すように、魂を込めて演奏した。 目を閉じて、母を思い浮かべながら奏でる音色は、とても美しく儚げだった。 なあ、母さん、聴こえるか。 俺、ピアノがないと駄目みたいだ。 ピアノなんか大嫌いだと思った時期もあった。 勝手に俺の将来を決めるなって恨んだこともあった。 でも俺分かったよ。 俺は、ピアノが好きなんだ。 何よりも大切で、弾いてないと生きてる実感が湧かないんだ。 ピアノは俺自身なんだ。 ピアノを弾いてないと、俺は俺でいられない。 ピアノがないと駄目なんだ。 『別れの曲』を弾き終えると、心地よい疲労感が残った。 指は昔のようには動かなかったが、身体の細胞一つ一つがピアノを覚えていて、喜びに震えていた。 顔を上げると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。 驚いて周りを見渡すと、店内だけでなく外にまで大勢の人達が取り囲むように立ち聴いていて、俺に賛美の拍手を惜しげもなく与えてくれた。 全く気付かなかった、こんなに大勢の人達が俺の演奏を聴いてくれていたなんて。 驚きの後に、じわじわと嬉しさが込み上がってきた。 これだ、これなんだ。 俺はずっと、この感覚に飢えていた。 ピアノを弾く喜び。 人々からの賞賛。 これが俺の生きる原動力なんだ。 喜びに胸を熱くしているところに、綺麗な声が降ってきた。 「とてもいい演奏をするのね」  話し掛けてきた女性を見た瞬間、時間が一瞬止まった気がした。 息が詰まり、目を見開いた。 話しかけてきた女性の顔が、死んだ母の顔と重なったからである。
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