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母が死んでから、ピアノが不調に陥ると時々情緒不安定になっていたが、とうとうまずい所まできてしまったのかもしれない。
なんで俺が。
昔はこんなんじゃなかったのに。
どんな時も冷静で、本番では練習以上の演奏ができて、精神面は誰よりも強い自信があったのに。
なんで俺が。
悔しさに熱いものが込み上げてきた。
自分に怒りを感じる。
どちらかといえば、自分好きでいつも自信があった。
こんなにも自分という存在が嫌になったのは初めてだ。
目の前に俺がいたら、俺は俺を殴っていると思う。
憎んで嫌って、疎(うと)み無視しているだろう。
「洵、こっちに来なさい」
優馬の声は、有無を言わさぬ迫力があった。
俺は反抗期のガキのように優馬から目を逸らして、黙ってカウンターへと歩いていった。
「ここに座りなさい」
優馬はカウンター席を指さして言った。
「でも演奏が……」
「今日はいいから」
「いいのかよ、そんなこと勝手に決めて」
「私は店長よ。私がいいって言ったらいいの」
優馬は従業員達に「今日はピアノの演奏はなし」ということを伝えて、従業員が客のところに行ってその旨を丁寧に説明して回った。
今日は演奏しなくていいんだと思うと、すっと肩の力が抜けて楽になった。
優馬の前では虚勢を張っていたが、本当は演奏できる状態じゃなかった。
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