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「なあ、ここで飲んでてもいい?」
「駄目って言いたいところだけど……一杯くらいならいいわよ。ご馳走してあげる」
「サンキュ」
俺はカウンターに座りながら、優馬が華麗な手さばきでカクテルを作る様子を眺めていた。
明日になれば、いつものように弾ける保証なんてどこにもない。
俺はまた、ピアノを弾けない日々に戻ってしまうのかもしれない。
そう思うと、不安でたまらなくなった。
「どうぞ」
優馬が作ったカクテルを、ゆっくりと味わうように口につける。
あっさりとしていて、心が少しだけ落ち着いた。
「なんかあったの? あんたら」
あんたらと言うのが、杏樹のことを指しているのだということはなんとなく分かった。
杏樹は毎日店に来ていたから。
急に来なくなって、俺があんな状態なのを見たら、誰だって勘づくだろう。
「……別に」
そっけなく答えると、優馬は「そう」とだけ言った。
自分からその話題を打ち切ったはずなのに、なんだか話したくなっていた。
優馬には、そういう不思議な雰囲気を持った男だった。
話す気なんかなかったのに、いつの間にか話している。
そして打ち明けると、不思議と気持ちが楽になっているのだ。
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