第14楽章 葬送行進曲

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 洵が私のことを好き。 それは私にとっては甘い響きを持つ嬉しい見解だ。 でも、一方で腑に落ちない気分も残る。 好きなら本能に従えばいいじゃないか。 後のことなんて考えず。 理性が歯止めをかけているなら、その程度の気持ちなんじゃないのか。 私は別に恋人になれなくたっていい。 洵のピアノを演奏する機会を失うくらいなら、一生セフレでも構わない。 側にいてくれれば、それでいい。  キスをして、ハグして、朝まで裸で絡み合って、バカみたいに情欲に溺れて、笑い合えればそれでいい。 面倒なことは置き去りにして、その一瞬を輝かせられれば満足だ。 後悔なんて、絶対しない。 どんなことになっても、自分のした行為に後悔なんてしない。    私は洵より一足早く家に帰り、本を片手にデッサンの練習をしていた。 ガタンっと何か大きなものが落ちるような音が玄関でしたので、何事かと思って見に行くと、洵が玄関で倒れていた。 「洵!」  驚いて駆け寄ると、洵は顔を赤くさせて息を荒げていた。 お酒の匂いが身体中からしてくる。 「飲んできたの?」  洵は億劫そうに顔を上げ、私の顔を見ると、だらしなく笑った。 「店のウィスキーをちょっとね」 「絶対ちょっとじゃないでしょう!」 洵は私の言葉なんか聞いていないようで「水、水」と繰り返した。 仕方なくコップに水を汲んで洵に渡すと、洵は水を喉仏に垂らしながら一気飲みした。 「どうしたの? 練習があるからいつもは絶対飲まないのに」  座った瞳で私を睨みつけるように見据え、ぐいとコップを押し付けるように返された。 そして洵は何も言わずにふらふらと立ち上がり、ネクタイを乱暴に緩めて、壁に手をつきながら廊下を歩き、リビングに入っていった。
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