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今日の遠子さんの様子は、どこかおかしかった。
演者不在のピアノを見つめてはため息を吐いたり、食事もほとんど手をつけず上の空だ。
そしてしばらく経った頃、料理を半分以上残して席を立った。
そのまま帰るのかと思いきや、私の前で仁王立ちしたまま動かない。
話しかけてくる様子もないのに、私の前でじっと立っている遠子さんが薄気味悪く感じられて、私から口火を切った。
「なにか?」
私の問いに、遠子さんはピクリとも動かず私を見下ろしていた。
「……あなたは何も知らないのね」
「え?」
遠子さんは、表情筋一つ崩さず、持っていたA4サイズの茶封筒をカウンター席に投げるように置いた。
そしてそのまま、私に言葉を掛けることもなく帰っていった。
「なんなの?」
私の独り言のような問いに、優馬が首を傾げて「さあ?」と言った。
遠子さんが私にアクションを起こしてきたのは、洵がいなくなって二人で喧嘩をした時以来初めてだった。
遠子さんが投げ捨てるように置いていった茶封筒を手に取り、表裏を見るも、何も書いていない。
きっと中身に何かがあるのだろうと思って、封のされていない茶封筒を開けた。
「何が入ってるの?」
優馬が興味深々といった様子で、上体を前のめりさせていた。
「なんか、紙が入ってる」
「呪いの紙だったりして」
「まさか」
私はドキドキしながら封筒から紙を取り出した。
その紙はネット画面を印刷したものらしく、A4の紙の左上に数行の文字が書いてあるだけだった。
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