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……最初はただ、どこかに出掛けたのだろうと思っていた。
一言声を掛けてくれればいいのに、なんて軽くムッとしただけだった。
元々洵の家には物が少なかったし、あれがないこれがないなんて私に分かるはずもなかった。
洵のベッドでしばらく一人でゴロゴロした後、久々に自分の家に帰ると、玄関のドアがへこんでいた。
有村が蹴ってへこませたのだろうと思い、また少し怖くなった。
でも、もう覚悟は決めた。
もしもまた有村が私の元に来たら警察を呼ぼう。
私も捕まるかもしれないけれど、有村に捕まり続けるよりはマシだと思った。
ただ一つ、洵に会えなくなるのかだけが気がかりだった。
私は引っ越しの準備をすることにした。
このマンションは有村が名義になっている。
早く新しい家を見つけなければ。
そう思っていた矢先だった。
鍵を掛けていたはずなのに、玄関のドアが開く音がした。
そして入ってきたのは、瞼と頬を腫らした有村だった。
「何しに来たの?」
必死に虚勢を張り、手は携帯を探していた。
「何しにってここは俺の名義の部屋だ。俺がいつ来ようが俺の勝手だろ」
有村はいつもの癪に障る笑い方をしながら、人差し指を鍵についている丸い金具のホルダーに入れ、器用にくるくる回していた。
「その鍵、この部屋の鍵ね。どうしてあなたが持ってるの」
「だからこの部屋は俺の名義なんだよ。合鍵くらいすぐ作れるさ」
話をして気を逸らせながら、手を背中にまわして携帯のボタンを操った。
見えないから上手く押せない。
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