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「そんなに大げさに考えなくていいんだ。俺は杏樹が側にいてくれればそれで……」
「でも洵は、一人になることを選んだじゃない。
洵を責めてるわけじゃないのよ。私は私を責めてるの。
洵にとって私は、守らなければいけない存在だった。
そうよね、お互い経済的に自立できてなかったし、あの時二人で夜逃げでもしたって、生活することで精一杯で、洵はピアノに集中することができなかった。
だから洵は、私に何も言わず出て行ったのよね。
洵がいなくなって分かったの。
私も洵のお母さんや遠子さんと同じだった。
愛によって洵を束縛する、洵の自由を奪う存在なんだって。
洵は変わった。とても素敵に変わったわ。
でも私は、何も変わってない。
この数か月間で、甘ったれの性格が直るわけでもなければ、経済的に自立してるとは、とてもじゃないけど言い難い。
私は洵の隣を歩けない。
私は洵に相応しい女じゃない」
私は一気に自分の気持ちを真っ直ぐに伝えた。
今まで漠然とした不安感が、どこから来ていたのか分からなかったけれど、洵と会うことで自分の気持ちがはっきりと見えた。
「……杏樹。
杏樹らしい答えだとは思う。
でも、これがラストチャンスなんだ。
俺はポーランドに行ったら、もう日本にはしばらく戻らないつもりだ。
ヨーロッパで音楽の修行をする。
俺は必ずショパンコンクールで成果を上げて、世界をあっと言わせてやる。
だから杏樹、俺に付いてきてほしい」
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