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「……分かったよ」
有村はため息を吐いて、私の上から退けた。
私はまたいつ有村が襲ってくるか分からないので、はさみを両手で握りしめ刃先を有村に向けた。
ドクドクドクと心臓がすごい音を立てて鳴っている。
「本当は、今日これを渡しに来た」
そう言って有村はジャケットの中から茶色い封筒を床に投げた。
落ちたはずみで、封筒からお札が顔を出した。
「なにこれ」
「手切れ金だ。お前はもういらない。
世の中を恨むような瞳で、愛だの恋だのをくだらないことだと侮蔑するようなお前が好きだった。
色んな男にやられても、一切気にせず輝いている杏樹を俺は気に入ってたんだ。
好きな男ができて、そこら辺にいくらでもいる馬鹿な女共と変わらなくなったお前にもう興味はない」
「いらないわ、お金なんか」
「受け取れ。そして絶対に俺に迷惑を掛けないと誓え」
「……分かったわ。警察には言わないし、誰にも言わない」
「よし」
これでようやく有村から解放されると思ったら、少し気持ちが楽になった。
「必要な物だけ持って出て行け。この部屋は俺のものだ」
「いいわ。すぐに出て行く」
有村は無言で頷くと、そのまま家から出て行った。
有村がいなくなると、途端に力が抜けた。
心臓はまだ、バクバク煩く鳴っていた。
……終わったんだ。
床にペタンと座りながら、しばらく余韻を噛みしめていた。
有村にぶたれた頬が少し腫れているから、この日は洵に会いに行くのを止めた。
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