149人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
「洵はどこ? 家に行ったら何もなくて……」
なんだか上手く言葉が出てこない。
自分の気持ちがまだ整理できていない上に、この状況を把握できていない。
どう説明して何を聞けばいいのか、頭が混乱して狼狽(うろた)えながら言葉を発した。
手は無意味にジェスチャーを繰り返している。
遠子さんが私を見据えたままゆっくりと立ち上がり、一歩一歩私に近付いてきた。
口を真一文字に結び、瞳は私を捉えたまま離さない。
近くで改めて見ると、とても綺麗な顔をしていると思った。
それに加えて大人の色気と年輪を感じさせる風格まである。
私は思わず、たじろぎそうになった。
高い大きな音が店内に響いた。
私は気が付いたら顔を横に向けていて、一瞬何が起こったのか分からなかった。
頬がヒリヒリと痛み出したので、平手打ちされたのだと気付いた。
昨日有村にぶたれた方の頬だったので、痛みは倍増で襲ってきた。
「あなたのせいよ! あなたのせいで洵はいなくなったのよ。せっかくショパンコンクールに出場できそうだったのに、あなたのせいで洵は出られなくなった! あなたが洵からピアノを奪ったのよ!」
「どういう……こと?」
私はどんどん熱を持ち腫れていく頬を手の平で押さえて、目を泳がせた。
優馬がおもむろに立ち上がる。
「昨日洵が無断欠席したの。あの子、責任感が強くて真面目だからおかしいなと思って携帯に何度もかけても繋がらなかった。そしたら今朝、退職届が店に置いてあったのよ」
「私の元にも昼間、ポストに手紙が入っていた。散々お世話になったのに、すみませんって、今までかかったお金は必ず返しますからって……」
最初のコメントを投稿しよう!