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めちゃくちゃな理屈だと思ったけれど反論できなかった。
私のせいと言うけれど、遠子さんが洵を縛り付けるような約束をしたから洵はいなくなったんじゃないの?
でも、遠子さんがいなければ洵はピアノを弾き続けることができなかったし、ショパンコンクールに出場することもできなかったのだと思うと、遠子さんを非難することができなかった。
すると、足が震えて立っているのがやっとの状態になった。
きっと一人だったらこの場で泣き崩れていた。
でも私にはいくばくかの羞恥心とプライドが残っていた。
遠子さんや優馬がいる前で涙を見せたくはなかった。
私のせいで洵はいなくなった?
私が洵から夢を奪ったの?
禁断の果実に手を出したイヴのように、私は欲望のまま取り返しのつかないことをしてしまったの?
「あなたは洵からピアノを奪っていいほどの価値のある女なの? あなた娼婦だったんでしょ? そんな女のためにどうして全てを捨てるのよ!」
遠子さんは泣き叫びながら言った。
その言葉にだんだんと怒りが込み上げてきた。
「……娼婦だったからなによ」
私は下を向きながら、聞こえるか聞こえないかくらいの声を吐きだした。
そして、くっと顔を上げる。
「私は私の過去を後悔したりしない!
それは確かに将来のことなんて何も考えず、馬鹿なことをしたなと思う。
でも、この仕事をしていなかったら洵には会えなかった!
今までの私の人生なんてゴミみたいなものだけど、洵に会えたから生きてて良かったって思える。
人に誇れるようなことは、何一つしてないけど、嫌なことばっかりだったけど、その一つ一つがあるから洵に出会えた。
何か一つでも変えたら洵に出会えなかったかもしれない。
だから私は、私の過去を後悔したりなんかしない!
恥とも思わない!
私は過去に戻れても、洵に出会えるためだったら、嫌なことしかなかった人生を何度でも繰り返してやる。
絶対後悔なんてしない!
あの夜のことだって、洵に出会えたことだって、絶対に後悔なんかしない!」
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