第20楽章 ピアノ協奏曲第1番

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優馬はニコリと笑うと、「おめでとう、杏樹」とグラスを掲げた。 「ありがとう」 この日何度目になるか分からないやり取りを再び繰り返し、笑い合う。 おめでとうっていい言葉だなと思った。 ありがとうも、いい言葉。 「杏樹は自信家のくせに、こと絵に関しては、私は才能がないとか、絵で食べていける日が来ることは一生来ないと思うとか言うけど……」 「だって本当のことだもの。 私は人に教えられるような柄じゃないし、絵を売って食べていけるほどの才能はないわ。 どう贔屓目に見たって私の絵を高い金を出して買おうなんて思う人がいるとは思えない」 「私は、絵の世界のことなんてサッパリ分からないし、芸術なんて眠くなるだけと思ってるような人間だから、説得力ないかもしれないけど、将来のことなんて誰にも分からないでしょ。 杏樹は才能ないって思ってるだけで、本当はあるのかもしれないし、ないと思ってた才能が、突然開花することだってあるかもしれない。 それに人生は運よ。 大きな運を掴むかもしれないじゃない。 誰にも未来は分からないんだから、夢を見たっていいんじゃないの」 「でも自分の実力を客観的に見つめることは芸術家には大事なことよ。 大丈夫、私は一生絵を描いていこうと思ってるから。 お金にならなくても、自己満足でも、私は私の絵が好きだから」
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