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会場内の照明が落とされ、ざわざわしていた話し声がすっと消えた。
始まる。
そう思うと、緊張が一気にピークに達した。
胸元を押さえ、ゆっくりと深呼吸をする。
垂れ幕が上がっていくと、会場内の視線がステージ上に集中した。
目を開けているのも辛い。
でも、見たいと思う欲求が怖さを上回る。
大きなステージの中央には、漆黒に輝くグランドピアノだけが置いてあった。
照明がグランドピアノ一点に集中し、ピアノは堂々とした威厳に満ち溢れていた。
眩暈がする。
アマービレのグランドピアノを思い出す。
そこで洵が演奏していた姿が、くっきりと目に浮かんだ。
あの頃の気持ちも一緒に思い出し、思わず口を押さえ、涙を堪えた。
そしてスポットライトがステージ脇に移動すると、会場内は大きな拍手で包まれた。
ステージ脇から登場したのは、細みのブラックスーツを嫌味なくらい精悍に着こなしたピアニスト・桐谷洵の姿だった。
座っていて良かったと思う。
そうでなければ、私は腰がくだけて床に座り込んでしまったかもしれない。
洵の横顔は、相変わらず洵そのもので、遠くからでもはっきり洵だと分かるくらい、雰囲気も何もかもあの頃のままだ。
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