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こういうとき、架空世界では「きゃーっ!」と叫ぶものだが、現実ではそうはいかない。
凄く驚いたとき、または恐怖を感じたときに、人間というものはまったく声が出なくなる。
捻り上げられた腕をそのままに、そいつは私の身体のあちこちを触り始めた。
ボディーチェックをしているらしい。
ポケットからデジカメと携帯を地面に放り投げ、それ以外のものを持っていないことが分かると、腕が少し緩んだ。
「…お前、身分証持ってないのか?財布は?」
「………お…置いてきた………」
「なぜこんなとこにいる?」
「……取材で……」
「取材?…おい。まともな嘘を言えよ。」
「本当!雑誌記者なの!痛いから離してよ!誰よあんた!いきなりなんなの!」
「…声がでかい。少しトーンを落とせ。」
「急にこうされると誰だって」
「分かった。今から離すから騒ぐなよ。」
穏やかな口調に少し安心したのか、言葉がスラスラ出るようになった。
ゆっくり腕が外されると、3mほど先にあった木の傍まで移動し、正面にその男を見据える。
伸長は180くらい。年齢は30前後。
黒のジャンパー、黒のシャツ、黒のジーンズ。
ゾクッとするほど鋭い目。汗だくの顔。
月明かりだけじゃ、情報はこんなもの。
「…………あんた、独り?」
「そうだけど…」
一瞬、目を見開いたその男。
直ぐに辺りを見回して、こう言った。
「部屋に…連れてって…」
「……!!」
汗が尋常じゃない。それに気付くと、警戒しながらもゆっくり近付いた。
近付いて初めて気付く。黒のシャツが濡れていて、赤い液体が地面に滴っている。
そして私の方へフラッと倒れた。
「…わ!……ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫だ。早く…」
「ちょっと待って。今、救急車」
「病院も警察も連絡するな!早く連れていけ!」
「ッッ!!」
その男は、足首のベルトに装着していたナイフを取り出すと、私の首に当てがった。
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